「稀勢の里」の引退と「栗城史多」の共通点


横綱「稀勢の里」の引退でメディアが騒がしいです。
横綱審議委員会を責める記事もあれば(そもそも論で「稀勢の里」を横綱にした罪)、稀勢の里が潔くなかったという記事もあり、いや、よくやったという記事もあり、まあ人の意見ってそれぞれだなあ、というのが率直な感想です。

そんなこんなで記事を読んでいたら、あのNHKスペシャルの「登山家栗城史多さん」が思い出されました。
「稀勢の里」との共通点は、「応援に応えたい」という気持ち。
モンゴル人力士が台頭する中、国民的感情が「日本人横綱」を望んでいた。
そして横審(横綱審議委員会)はその国民感情をくみ取り、稀勢の里を横綱にし、自身も横綱として国民の応援に応えようと必死だった、ってことです。
栗城さんがエベレスト踏破ライブ中継を成功させることが「(ネットのいいね!も含む)応援に応えること」になると信じ、「成功」という形で答えようと必死だったように。

稀勢の里にしても、栗城さんにしても、ホントにストイックに精進し、エベレスト踏破、横綱としての成績を上げることに前向きだったと思うのです。
そこに「自己顕示欲」とか「慢心」があったとは思えない。
あったのは、「応援」に応えたい、というけなげな気持ちです。

過去の出来事においてIFはむなしい言葉になってしまうけれど、例えば稀勢の里が左腕の怪我の後すぐに休場し、なんといわれようと完治するまで休場していたら。
栗城さんがエベレストライブ中継のルートを「ノーマルルート」と言われる登山道を選んでいたら。

(人々の)「応援」に対して「ちょっと待って」、「今は応援しないで」という断ることの難しさ。
応援は時としてものすごい「暴力」になるってことを二人が証明したのかもしれません。

「共有」という、ものすごくあいまいで、しかもはかないものにこだわった「栗城さん」
「応援」が相撲人生を(もしかしたら)短くしてしまった「武器」になった「稀勢の里」

なんと日本人的なんだろうと、思ってします。
もう少し、わがままに、もう少し自己中心的にものごとを考えていいのではないか、と思うのです。
「自己犠牲」というサムライ的な感覚、自分の身はどうなろうとも大儀のために、「死」をも覚悟する、そんな感じにも思えてしまう。

立ち止まり、「どうしたら自分の選手生命(登山家としての命)を長らえることができるか」の視点がない、そんな気がするのです。
「歓声」が「怒号」に変わるのはものすごく簡単なのです。
大衆の変貌は古来より「恐怖」の極みです。
それを回避するノウハウを持った人が「アスリート」または「有名人」と呼ばれる人にはMUSTで必要です。

「NO」を言う人、「待った」をかける人の存在が必要なのです。