坂本龍馬の魅力について考えた


明治維新150年の今年、各局でそんな番組が作られ、放送されています。私もすぐに乗せられる単純なババアなので、「京都」に行きたい!行くぞ!と思っています。そりゃ、京都は今年もかきいれどきです。坂本龍馬暗殺は1867年なので、去年が150年後だったのですが、それも含めてイベントがわんさかあるはずです。作家の半藤一利さんは、何がめでたい!と怒っているようですが、(明治維新150周年、というものが)まあともかく「企画する」「便乗する」「二匹目のドジョウを捕まえる」には罪はないので、頑張って欲しい、と思います。

坂本龍馬の暗殺の真実、という番組が去年の暮れに放送されていました。龍馬暗殺の5日前に書かれた手紙だそうで、「新国家建設」の具体例が書いてあったそうです。松平春嶽役の筒井康隆がしぶい感じで良かったです。筒井康隆を久しぶりに見た気がしました。

それにしても、坂本龍馬の魅力ってなんなんだろう、と。やっぱりなんといってもドラマティックな半生、これからというときに訪れるあっけない「死」。ともかく新政府になって、官僚になった志士たちが権力とお金と地位を手にしてゆく中で、なんの見返りもなく、ただ殺された龍馬の「死」がとても美しいものに感じるのだと思います。私心なく、ただ日本という国のために奔走した、大胆なことを次々にやってのけ、涼しい顔をしている、そんな魅力です。

尊王攘夷、天皇制、幕府、そんな思想とか概念とか形とかにこだわりなく、時にはものすごくビジネスライクにとるものとって、何がベストかを見極める。もともと龍馬の家は武士階級であっても、商売をしていて、龍馬自身は何不自由ない暮らしをしていたらしいです。そんなバックグランドが龍馬に「何かに縛られない、実を取る」的な要素を与えているのでしょう。
将来は海を渡って貿易をしたいと思っていたのも納得できます。「世界」を観たい、と思っていたのです。その思いが「儚い夢」になったのもさらに哀しさを募らせます。

奥さんになったお龍さんも、ちょっと変わった人だったみたいです。キレイだけれど、愛想がなく、ちょっと暗い感じ。(個人のイメージです)
気の強いところはあったのでしょう、あの有名な寺田屋事件では袷(あわせ)一枚で龍馬に危険を知らせた、というエピソードは、そんじょそこらの人ではないことを証明していると思います。龍馬は姉の乙女に「まことにおもしろき女」と書き送っています。常識的でない部分を気に入っていたのかもしれません。

そんな二人は、龍馬暗殺で引き裂かれ、その後のお龍の運命は悲しいものだったようです。龍馬の実家で迎えられるも、3ヶ月で出てしまい(義兄夫婦と折り合が悪かったそうです)、再婚するも、夫を亡くした妹と再婚した夫が内縁関係になって家を出てしまう。最後はアル中のようになり、脳卒中で亡くなるのです。

彼女の輝いていたときは、やはり龍馬との出会いとハネムーンで薩摩に行ったときだったのは間違いないでしょう。龍馬がもう少し長く生きていれば、違った人生だったのかもしれません。
頼れる実家もなく、この時代の後ろ盾のない女性の末路は哀しいです。龍馬の義兄との関係が悪くなければ、多少の援助があったのでしょうか。

「自分は龍馬の許嫁」、と言って生涯独身を通した千葉道場のさなさんとお龍、あの世で龍馬をはさんで仲良くやっていて欲しいと願うばかりです。