「一人旅」は自由を実感する時間


私にとって生きていく上で一番重要なことは、「自由」であることです。やはり「自由」は素敵です。
普段の生活で、その「自由」を意識することはあまりないのですが、それを強く感じたのはなんと言っても「一人旅」です。

偉そうに言っても国内小旅行でせいぜい1泊・2泊を4・5回(京都4回、東北1回)くらいで偉そうに、と言われてしまうのかもしれないけれど、「次はどこ行こうか?」とガイドブックを広げた瞬間に感じた「楽しさ」はかなりの衝撃でした。自分の次の行動を自分で選択できる「自由」がたまらなく愛おしい、と思いました。
自分のリスクを自分でとることも実感します。
消失したブログにも書いたけれど、あの暑い夏の京都を外国人の女性が一人で歩いていたのが印象的です。日本語がほとんど片言。それでも電車にのって「清水五条」に向かって電車を乗り換えようとしているそのたくましさ。「すごいなあ」と思いました。
それを思うと日本人が日本の国内を一人で歩くことのなんと容易いこと、と思うのです。

朝から取りあえず「ここに行く」と一か所だけを決めて、次に行くのは気分次第、それはやはりとっても気楽なものです。
この自分で決めて行動できることの喜びを知ってしまったら、絶対にもう旅は一人でしか行けないとすら感じます。
昼食もお腹がすき次第、早めのランチでもいいし、3時ごろの遅い昼食でもいい、夜も気分次第。ちょっと一人で入るには勇気がいるところもあるけれど、お腹が究極に空くとその勇気も沸いてきます。
疲れたらどこかに座って休憩。その場所は別にカフェでなくとも、公園のベンチでもいいし、寺の一角でもいいのです。

去年の3月に京都に行って分かったことは「3月の半ばの京都は寒い」特に「寺院は冷える」ということです。
(外の)気温が少し上昇していても、冬の寒さを吸い込んだ建物から漂う「冷気」が足元から襲ってきます。畳の冷たさは「これが京都の冬を越したもの」という実感と共に京都のみやびもこの寒さとの戦いであることを実感しました。
そして、一人旅だと寺院の周りの木々が「茶色」でちょっと寂しい。むしろ「雪」の被った寺院を観たい、そんな気すら起こりました。
ものすごく暑いけど、9月初めの京都の木々の青さ、蝉の鳴き声、日差しのまぶしさ、街が活気に満ちていた気がしました。
そして、やはり紅葉は最高です。気候は快適、そして何より寺院と紅葉、風景の美しいこと。今年は紅葉時に2泊か3泊したいと思っています。

夢は海外旅行の一人旅、ここ何年かの間にチャレンジしたいと思っています。