メルケル首相の謝罪と張本氏の弁明



おっさんの失言が続いています。
元プロ野球選手の張本さんが言った言葉、

「女性でも殴り合い、好きな人がいるんだね。見ててどうするのかな。嫁入り前のお嬢ちゃんが顔を殴り合ってね。こんな競技、好きな人がいるんだ。それにしても金だから、あっぱれあげてください」

TBSは、「賛辞を贈り、称賛することが本意でした」と説明

張本氏は、

「~略 ボクシングをやる女性が増えてほしいということを本当は言いたかったのです。言葉足らずで反省しています」

いや、☝ どう考えても嘘だろう!!
謝罪するなら、「自分の考えの古さに反省しています。多様性の時代に完全に乗り遅れていました」ということぐらい言って欲しい。

なんで、本当のことを少しでも言葉にしないんだろう、と思います。

どこをどう切り取ったら、「こんな競技、好きな人がいるんだ」が「ボクシングをやる女性が増えて欲しい」になるんだろう?

謝罪ということそのものが分かっていない。

謝罪は、ドイツの首相メルケルさんのように、(今年3月、4/1~4/5にすべての店舗を閉鎖するという発表の一日後撤回した。その混乱を謝罪)

「全て自分の誤りだった」「責任は全て私にある。市民の許しを請いたい」

国のトップの人がこうやって謝ることのできる、強さ。どこかの誰かみたいに話をすり替えて「自分は出来る」という強弁を垂れる人とは質が違う。

話を戻すと、自分の発言の弁明に「説明不足」というマジック弁解は全く届いていないことを知るべきだろうと思うのです。個人的見解だけれど、この「説明不足」は一定の地位にいるおっさんが自分の発言のしりぬぐいに使う、大好きな、そして何かがこれで帳消しにされると勘違いしている言葉なんじゃないか、と感じます。

別になんの説明もなんの不足もなく、自分の感性のみの発言をした、それだけのことだったのに。
自分の考えの至らなさ、知識のなさ、感性の鈍さの反省をすべきなのに。

テレビ局にしても、「本音トークで」と「歯に衣着せぬ」おっさんを重用し、面白い発言をしてもらう「ご意見番的コメンテーター」を持ち上げる体制、そのおっさんたちの知性を全く重要視しない番組を垂れ流すその安易さにも腹が立つ。

なんか、教育ってなんなんだろうと思う日々。
「人間の品性」は自己努力か、学校教育か、家庭教育か、生涯教育か。