「瓔珞」~皇帝を巡る闘い~



瓔珞は、傅恒をあきらめて皇帝を選びました。(まあ皇帝に気に入られてしまったこと、爾晴が瓔珞を陥れたことで不可抗力の一面もあった)
乾隆帝は切れ者で、優しいところもある一面、皇帝としての任務を第一に考えざるを得ない立場で、彼にとっての「愛」は清朝が続くために必要な人に与えるものであり、その点では冷徹でもありました。

瓔珞が亡き姉の面影を見、心から慕った富察(フチャ)皇后は、優しく、美しく、賢く、そして儚い人だった。
皇子を亡くしていて、そののちの妊娠も「これでもか」と悪役を一手に引き受けていた高貴妃に突き飛ばされ流産、そののち出産した皇子は、純妃の陰謀で起こった火事で死亡、その不幸に耐え切れず、自殺。(それにしても簡単に人殺し過ぎ。ドラマ以前に亡くなっている富察皇后の第一子は病死のようですが)

皇帝は皇后を(彼なりに深く)愛してはいたけれど、あくまでも「皇后」であることを求めたのです。
「なぜ瓔珞をそこまで庇うのか」と皇帝に聞かれ、「瓔珞は私の希望。私の失ったものを持っている」と答える皇后。
それは「自由であること」、富察皇后は宮廷に縛られる人ではなかったのです。
皇后の地位も自分が欲したものではなく、出来ることなら子を育てることで自分の生きがいを持ちたい、そんな平凡な人生でよいと願った人。
能力と知力も十分過ぎるほどあったのに、「野心」だけがなかった人で、宮廷女子の闘いを勝ち抜くための術(すべ)を持ち得なかったのです。

そしてヒロイン「瓔珞」、なんと言っても復讐をやり遂げる執念は凄まじいものがありました。「やられたらやり返す。倍返しだ!」中国版半沢直樹、と言われているらしいです。
好きだった傅恒をあきらめ、最終目的を果たすためには何が必要かを常に取捨選択をしていた。(姉と皇后に対する思慕とそのための復讐心は愛よりも勝った)
それは姉を襲った和親皇への復讐を叶えるための道だった、と思うのです。(最後に果たされる。直接手を下した和親皇の母親は途中で死ぬ)
今何が必要で、誰に助けを求めるべきか、そのためにはどうするか、瞬時の判断と長期の目標とを携え無駄なく行動する。
皇帝の愛を持続させるための「手練手管」も見事。
いや~、素晴らしいの一言です。

富察皇后の死後、瓔珞は姉の復讐と皇后の復讐を自らに課し、そのためには傅恒ではなく、乾隆帝の力添えを求めたのだと思います。

見た目も言動も全て「悪」を表現した高貴妃。
自分の死を前に一族から廃され、その死をも存外に扱われていた亡き母の弔いを乾隆帝に託します。
悪の権化の高貴妃が「死」でもって過去の悪行が浄化された瞬間でした。(つまり、彼女の全ての悪しき行動は、自分が上り詰めて「母の弔い」をしたいためだったという理由があったということ)
この方の佇まいは(メイクも発声も)「京劇的」で、ドラマ前半の華でもありました。

次は(個人的に)結構好きだった嫻妃(かんひ)について書きたい。