「クィア・アイin Japan」~究極の癒しは自分を許すこと~


ネットフリックスの「クィア・アイin Japan」を3/4観ました。(クィアとはQueerという英語で「奇妙な・風変わりな」と言う意味、現在は性的マイノリティ―を肯定的に総称することばだそうです。Wikipediaより)
いや~、ネットフリックス、侮れない。
ファブ5、すごい!

他のシーズンを観ていないので、比較ができなのですが、ゲイ5人のクレバーさと温かさ、ネットフリックスの視点の確かさでリアリティー番組としては最高の出来になっていると思います。

そしてちょっと検索したら、ファンが大勢いて、かなり話題になっているのです。
人は案外何も知らないで生きているんだなあ、ということも再確認です。(私が知らなかったということです)

ファブ5とはファビラス(fabulous、素晴らしい、とても素敵)という意味で、それぞれ、ヘア、ファッション、フード、インテリア、メンタルと役割があり、鬱屈した悩みを聞き、なりたい自分を探り変身、食の大切さを知り、住を劇的に変え、楽しく前向きな生活を提示する、5人なのです。

ゲイの人たちは、幼少期から他との違いを認識し、自己探索と他人の視点を察知する、その繰り返しをするので「洞察力」「思考力」を鍛えられるわけです。
他人の言葉に傷つき、自分の力で癒してきたので、かける言葉が「深く&優しい」

2回目に登場したゲイの「カン君」、ハンサムでスタイルも良くって、イギリス人のボーイフレンドもいて、英語もペラペラなのに、「東京が自分の居場所と感じられない」と言う。

3回観て、3人ともに共通していたのは、自分に自信がない→ヘアも洋服も関心がなくなる→部屋もどうでもいい→毎日過ごすだけ→自分に自信がない、というループ。

このファブ5の人たちの一貫したメッセージは「自分に目を向けて」「自分を心地よくして」「自分を大切に」「自分を愛して」という単純に言ってしまえば「自己愛」

この「love myself」の何と難しいことか。(一瞬「チコちゃん風」)

カン君にかけたファンション担当のタンの言った言葉
”It was never the situation, it’s always the reaciton. Issue was never Tokyo, it was not the issue.The issue is Kan’s reaciton to Kan in Tokyo”
(問題は決して状況ではなく、いつも反応。問題は決して東京ではない、問題は東京にいるカンへのカンの反応)

つまり、他人の視線と言葉に自身が反応し過ぎて、がんじがらめになっている、ってことなのです。

3回観て思ったのは、「ポジティブ一辺倒」ではなく、「傷ついた自分」「弱い自分」を認める、ということ。
でも、自分が悪いのではない。
ダメな時には、弱音を吐き、慰めてもらうこと。
そして、楽しいこと、気持ちのいいことを自分にプレゼントすること。

毎日が「パーフェクト」な日でなくても、全然大丈夫。
「泣いて」過ごすこともOK。
そんな自分を許すことが何よりも大切なのです